Destruction19―「白氷終末」
日本アルプス。深い雪に閉ざされた凍てつく山脈にてその雄大な白き山々の間を舞台に、斬馬 弦駆るザンサイバーXOと、身長300メートルに及ぶ巨体、
鬼神天帝・烈華翁の戦いの火蓋は切って落とされていた。
その烈華翁の眉間、捕らえた“進化の刻印”こと運命の少女、斬馬 昴と共に野望の魔人西皇浄三郎の魂を宿した青年サイレント・ボーンストリングが、烈華
翁の動力を司る次元波動制御システム真ブラック・ファイフプレイスに取り込まれた姿で、烈華翁の巨体に挑みかかってくるザンサイバーXOの機体を睥睨して
いる。
「この野郎!」
XOのコクピットにて唸る弦。
XOの、本体に比べて肥大化しているタービン状の右腕、グランストリーマーから四方に伸びた角が先端へと向かって閉じた。閉じた角が円錐状の
穂先を形成、そして、稲妻を撒き散らしつつ高速回転、轟き唸る。
右の轟腕を唸らせ、突撃するXO。轟転する右腕が、烈華翁の胸部獣面の左目を砕いた。
一瞬、驚嘆するサイレント・ボーンストリング――西皇。
「ブラック・スフィアのないの機体でここまでやるとは――!」
その制御系に斬馬 昴を取り込んだ烈華翁に対し、“進化の刻印”を守るためにあるブラック・スフィア、それを孕んだザンサイバーは烈華翁に対し攻撃しよ
うとすればその全機能をフリーズさせてしまう。
だが、かつて大破した旧ザンサイバーの機体を改修したXO、その動力はあくまでブラック・スフィアの動力系のみを模倣した擬似ブラック・スフィアなの
だ。直接“進化の刻印”の影響を受けない、この機体だからこそ烈華翁に立ち向かえる。
だが、
「調子に乗るな、小僧」
烈華翁が伸ばした巨大な手が、ついにXOの機体の胸から下を捕らえた。
「うお!?」
「握り潰してくれる」
XOを掴んだ指先に、力を込める烈華翁。その閉じられる巨大プレス機に、XOの機体が軋みを上げる。
「舐めんじゃねェッ!」
右腕のグランストリーマーが、円錐状に閉じていた角を四方に開いた。稲妻を撒き散らす轟転が、自機を掴んだ烈華翁の指先に食い込み、立て続けにその指2
本を切断する。
「小癪な!」
拘束から逃れたXOに向かって、もう片方の掌からエネルギーの爆流を撃ち放つ烈華翁。
真正面から迫る爆流を、咄嗟にグランストリーマーで受け流すXOながらも、その衝撃波までは完全に防げず、ついに過負荷によって右腕のあちこちが火花を
散らし黒煙を上げる。
「畜生ォッ!」
「愉快! 楽しい、楽しいぞ弦!」呻く弦に対し、怪老が、金髪碧眼の青年という姿容に見合わない老獪な哄笑を上げる。「まさしくかつての世界、この儂の最
後の戦場の再現よ!」
かつて、ブラック・スフィアを巡るもうひとつの破導獣ザンサイバーの戦いがあった。西皇浄三郎はその戦いの中にて、己の野望に手が届く一歩手前にてザン
サイバーの手にかかって死を迎えていた。
だが西皇の強固に過ぎる意志は、自身の死も、時間も、世界線をも越えてこの世界に20年前に生まれた赤子の中に転生を果たしていた。
「だが弦、あの時との違いは、貴様が儂の手にかかって死ぬということよ」
「違うな――また同じく、お前が死ぬことになる」
突然、その激戦に割り込む声。
この星にて、ブラック・スフィアを孕むもう1体の機体、ガイオーマを駆る男、柾 優である。
いつの間にか、生身にて烈華翁の胸上に立ち、その巨大な顔面と対峙している優。
「柾 優、生きていたか!」
「優ッ、手前ェ!」
生身の優を前に、それぞれ唸る西皇と弦。そして優の機体ガイオーマは、XOに先んじての烈華翁との戦闘にて成す術もなく握り潰されていた。
「優!」
そしていまひとり、優の生存に驚く、今は黒い巨体、魔王骸の掌の上のICONS指導者イオナ。
同じく魔王骸の掌には、ICONSの司令官藤岡大佐と、協力者たる時実博士が立っている。三人はICONSの飛行要塞にて烈華翁に決死の突撃を仕掛け、
返り討ちにあった飛行要塞から魔王骸に救出されたのだ。
今は三人が掌上にいるため、XOと魔王骸の戦いに割り込むことも出来ず見ているしかない魔王骸。
「前の世界と同じことをしたな、西皇浄三郎」
余裕の笑みすら浮かべ、頭上の西皇に告げる優。
「前にもお前は、そう、かつての世界でそうやって自らの肉体を機械と一体化し、あまつさえザンサイバーを取り込もうとした。――結果、ブラック・スフィア
の力のひとかけらをもぎ取り、そうして世界線の因果も超える化け物となれたか」
「抜かせ柾 優! ブラック・スフィアの庇護を失った貴様にもはや何が出来る!」
烈華翁の頭部の対空火器が、自機上に立つ優に向かって容赦なく火を吹く。だが、それを避けるそぶりも見せない優の身体の直前にて、その身を傷つけること
もなく弾かれる火線。
「二次元絶対シールド、生身の人間がか!?」
その様に驚嘆する時実博士。
魔王骸の掌上にて、息を呑む三人の前で、その優の身体が重力に逆らうようにすっ――と宙に浮く。たちまち烈華翁の眉間、直径数メートル程度といった透明
のドームという第三の目、真ブラック・ファイアプレイスの位置にたどり着き、余裕の表情で西皇と顔を合わせる。
「柾 優、貴様いったい――」
「僕がこの地にいる時点で、下らない野望は捨てるべきだったな」
優の右手が、軽く透明のドームに触れた、それだけで砕け散る、外界から西皇と昴の身を守っていたガラスの障壁。
驚嘆に歪む西皇の美貌を、遠慮なく優の手が掴む。悲鳴を上げる西皇。優の手が軽く引かれただけで、肉体に食い込んだ機械類の破片やケーブルごと、西皇の
肉体が真ブラック・ファイアプレイスから引きずり出されたのだ。
「貴様――」優に顔面を掴まれたまま、苦悶の呻きを上げる西皇。「貴様はァッ!?」
「冥土の土産だ。面白いものを見せてやる」
宙に浮く優の足元で、その巨体を震わせる烈華翁。胸部獣面が大きくその口腔を開き、周囲の白い山脈をも震わす雄叫びを上げる。
轟轟轟――!
烈華翁の巨体が軋んだ。その腕の、脚の、ボディの分厚いはずの装甲がところどころ波打ち、泡立ち、そしてその内側からの圧力に引きずり込まれるかのよう
にその全身が“爆縮”していく。
弦の、指導者イオナと時実博士の、藤岡そして魔王骸を駆る仮面の戦士・黒鬼の、そして優の手に掴まれた西皇の目の前で繰り広げられる驚嘆の光景。
たちまちその300メートルに及ぶ全身が萎み、縮み、潰れていき、その見えない圧力が粘土を練るように新たな形を“創造”していく――。
“圧縮”された烈華翁を基に、新たに模られる身長50メートルといった身の丈の、新たな巨体。
「ガイオーマだと、馬鹿な!?」
驚嘆する西皇。
そこに出現したのは、まごうことなき優の機体、ガイオーマだ。ただしその四肢には、その巨体を延長するがごとく新たなパーツが作りつけられている。
「ガイオーマ・ラストライドとでも命名しよう」
「何故だ!? ブラック・スフィアを孕んだガイオーマは潰したはず、なのに何故烈華翁がガイオーマに化ける!??」
西皇が理解を超えた事態を前にパニックに陥る。
「まだ判らないのか、西皇――」
優が、上着をはだける。
上半身裸となった優の、その左胸には――光をも吸い込み、まるで実態を伴わない影とも取れる球体が、生身の人間ならば心臓があるべき位置に黒く渦巻いて
いる。
「ブラック・スフィアは、この僕自身なんだよ」
「彼女を――斬馬 昴を取り込んだ烈華翁に対し、ブラック・スフィアは攻撃の意思を取ることが出来ない」もはや、言葉も発せられない西皇に対し、嘲笑うか
のように告げる優。「だが、彼女自身の意思が、烈華翁を拒絶すればどうかな」
その優の言葉に続くように、新生ガイオーマ・ラストライドの腰部前面の鬼面が左右に開いた。
その中から、光る球体に包まれ、宙へと姿を現す、西皇同様真ブラック・ファイアプレイスに組み込まれていたはずの昴。
「弦がこの場に来たことで、彼女自身の意思が烈華翁に取り込まれることを拒絶した。あとは彼女の意思に沿って、彼女が表に出る手助けをしてやればいい」
「そして…ブラック・スフィアの力で、新たなガイオーマを創造したというの…?」
魔王骸の掌から雪原へと降ろされ、目前の光景を前に、愕然となっているイオナ。
「優ゥゥッ!!」それまで、愕然と目前の事態を見守るしかなかった弦が、昴が自由になったのを目にラストライドに突撃を仕掛ける。「昴を返してもらう!」
優が乗り込まずとも、その突貫してくるXOに向かって、鬱陶しげに肥大化した片手を振るうラストライド。その僅かなひと撫でだけで、XO唯一絶対の兵装
たる右腕、グランストリーマーが爆散した。
「ゲッ!」
衝撃で吹っ飛ばされるXO。その後方へと飛ばされる巨体を、背後から黒い翼の機体が受け止める。黒鬼の魔王骸だ。
「無謀すぎるぞ、斬馬 弦!」
「あそこに、昴がいンだよ!」
右腕を失った機体で、なおラストライドに攻め込もうとする弦。
その間にも優、軽く片手を振った。それだけの挙動で、ラストライドの足元に残った烈華翁の砕け落ちた残骸が、粘土細工のごとく変化する。一斉に生成され
る、ガイオーマの尖兵となる無数の“抗体”、コーパスルズである。
昴の身を守ってるエネルギーの球体が、宙を滑るようにそのコーパスルズの元へと移動した。光球を受け取り、そのまま移動を開始するコーパスルズの軍勢。
「昴を何処へ連れてく気だ!?」
「判りきってるだろう――」薄く笑う優。「“進化の刻印”の行き着く場所――ドームだよ」
「手前ェーーーッ!!」
弦、絶叫。
日本アルプスに出現し、白い山脈と吹雪の中にその威容を晒す直径1キロの白い半球体。だが、そこに“進化の刻印”たる斬馬 昴が収められれば、彼女はこ
の星に生まれた生命、文明のデータすべてを収めた“胎芽”へと変化させられ、ブラック・スフィアと共にまた新たな星へと旅立ち、新たなドームとなってその
星の生命を進化、発展させる礎となる。いつかその星が文明を発展させ、新たな“進化の刻印”を生み出してしまうまで。
そしてブラック・スフィアを収めた機体は、“胎芽”を打ち上げ用済みとなった星を滅ぼす。かつて、指導者イオナの生まれた星が、彼女の星のブラック・ス
フィアを収めたガイオーマに滅ぼされたように。
昴がドームに辿り着いてしまうことこそが、そのまま地球最後の瞬間の銃爪となってしまう。
「柾 優、おのれェェッ!」片手で優に掴まれ、全身を機械の残骸を食い込ませた鮮血まみれの姿となりつつ、憎々しげに自らを掴んだ優の手首を掴み返す西
皇。「貴様などに儂の野望を、世界を、滅ぼさせたりなど――」
「もう充分、楽しんだろう」
軽く片手を払い、ずっと掴んでいた西皇の身体を吹雪吹き荒れる宙空へと捨てた。
吹雪の中に消える西皇の呪詛の叫び。
瞬間、魔王骸を振り切りラストライドへと肉薄しているXO。
「昴はどこにも行かせねえ!」
残った左拳をラストライドに叩きつけようとする。だが本物のブラック・スフィアを擁する機体を前に、それはもはや蟷螂の斧に等しい蛮行。
その巨大な掌で易々と死に物狂いの鉄拳を受け止めるラストライド。軽く手首を捻るだけで、XOの残った左腕が肩の付け根から爆砕される。
更に、掌から衝撃波を撃ち放つラストライド。その直撃を喰らい、跡形もなく吹っ飛ばされるXOの頭部。
「うおお!」
胸部コクピットの天蓋が吹っ飛び、生身のまま宙に投げ出される弦。刹那、弾丸のごとく高速でその戦場に飛来、ラストライドとXOの間を割った影が弦の身
体を拾った。
ズザァッ――、
雪原を大きく抉り、積雪と砕かれた土塊を巻き上げて着地する新たな巨体。本来のザンサイバーが、西皇軍の手によって装甲を改装されてしまった機体、ダー
クサイバーである。
「弦くん、大丈夫!?」
「月島、良すぎるタイミングだぜ」
ダークサイバーの胸部獣面、コクピットへと繋がるその口腔が開き、月島蘭子が顔を出した。素早くダークサイバーの手から獣面口腔へと飛び込む弦。
機体を奪回する際、一度破壊せざるを得なかったコクピットはあちこちの内装パネルが砕かれあるいは失われ、配線や内部機器が剥き出しの無残な様となって
いる。
「とりあえず操縦系の応急処置だけしか」
「ハンドルとアクセルがありゃ充分だ」
同じコクピット内の蘭子に告げ、コクピットシートに座する弦。緊急に蘭子の手によって作りつけられた簡易なメインコンソールの操縦桿を握る。瞬間、操縦
桿とフットペダルを介し、弦の四肢の先端から、ダークサイバー――ザンサイバー本体からの活力が弦の肉体へと注ぎ込まれる。
全身の神経、血管を迸る、痺れにも似た感覚に筋肉を震わせ、口元ににやりと笑みを浮かべる弦。その、何者をも踏み潰すという嘲りにも似た破壊者の笑み、
この不敵な表情こそ弦とザンサイバー自体が繋がった証だ。
本来の操縦者を取り戻し、雪原に立つダークサイバー、両の拳を握りラストライドを前に身構える。
コクピットの中で、一瞬振り返る弦。ダークサイバーの遙か後方の雪原に墜落し、痛々しく黒煙を燻らせている、頭部と両腕を失ったXOの残骸。XOの機体
自体は、現在の機体に乗り換えるまで、弦と生死を共にしてきた本物のザンサイバーそのものだったのだ。
「あばよ、ダチ公」
告げ、再び前を向く現。
そのダークサイバーの背後、吹雪吹き荒れる深い灰色の空に駆けつける軍勢。
「まだ死んでないわね」
高速型多肢兵器ロイ・フランメの操縦桿を握る叶 遮那が薄く笑った。そのロイ・フランメの後に続く、西皇軍との激戦を生き延びここに合流してきた、飛行
要塞と多肢兵器郡を始めとするICONSの残存兵力。
「昴を返してもらうぞ、優!」
「彼女が約束の地に向かうのは、ブラック・スフィアに刻まれた理だ!」未だラストライドに乗り込むことなく、悠然と腕を構えて言い放つ優。「それとも数に
任せて押し切るか?」
「ざけるな! 俺と手前ェの決着はタイマン一本よ!」
弦の気迫を受け、駆け出すダークサイバー。
「叶司令補、昴が優の子分共に連れてかれた! 行き先はドームだ、足止めしてくれ!」
「いつもいつも気軽に言ってくれるわね」
口元に笑みさえ浮かべ毒づき、自機ロイ・フランメに懸架されたザンサイバー用の大剣、クロスカリバーを切り離した。落下したクロスカリバーが地表に突き
刺さったのを確認し、自機にコーパスルズを追わせる遮那。
「残存部隊はフランメに続け。斬馬 昴をドームに持って行かれたら終わりだ」
雪原では、藤岡が手元の通信機から上空の飛行要塞に指示を飛ばす。
そしてついに激突するダークサイバーとラストライド。
「うおおッ!」
ダークサイバーの渾身の鉄拳を、真正面から掌で受け止めるラストライド。さすがにXOの時とは違い、その鉄拳の衝撃と重さに掌の構造を軋ませる。
同じブラック・スフィアを擁する機体同士となって、始めて弦はラストライドに立ち向かえるようになったのだ。
「相変わらず、まっすぐ殴りかかるしか脳のない」
そのラストライドの肩に乗ったまま、なお余裕を崩さない優。下から振り上げられたラストライドのアッパーの一撃が、衝撃と共にダークサイバーの機体を宙
に叩き飛ばす。
「きゃああっ!」
「野郎!」
同じコクピット内で悲鳴を上げる蘭子に構わず、宙で機体の体勢を立て直した。瞬間、そのダークサイバーのすぐ鼻先へと跳躍してきているラストライド、
巨大な掌がまっすぐダークサイバーへと伸びてくる――。
「ざけんなァッ!」
弦の反応も早い、ダークサイバーの脚がその伸びてきたラストライドの腕を蹴り飛ばす。
再びラストライドと距離を置き、ダークサイバーの背の、専用銃ワイバレルを仕込んだ右のスタビライザーが正面に回りこんだ。
GAOM! 銃口の咆吼、ボディを傾げる強烈な反動と共に、次元波動の青白い電光の尾を引く徹甲弾が撃ち放たれる。だが、ダークサイバー以上の巨体に関
わらず、その弾道を易々と躱してみせるラストライド。
「使いづれえ!」
唸る弦。続く操作で、自機の背の左のスタビライザーをもぎ取る。蟹の足を剥くようにスタビライザーを割り、内臓されていた、ワイバレルと対になるもうひ
とつの専用銃エクスバレルを握った。
GAOM! その銃口から撃ち放たれるのは、電光の尾を引く散弾だ。ワイバレルの徹甲弾ほどの威力はないが、拡散され撃ち放たれた無数の弾が逃れようも
なくラストライドのボディに降り注ぐ。
シールドが相殺され、ラストライドの装甲の表層に無数に食い込む散弾。
「そんなものでは――」
「こいつならどうだ!」
再びラストライドに肉薄するダークサイバー。その右手には、今度はもう片方のスタビライザーから引きずり出したワイバレルが握られていた。
ラストライドの左肩に銃口を叩きつけ、瞬間、トリガーを引く。銃声、爆音、ラストライドの左肩に穿たれる徹甲弾の貫通した大穴。
だが、そのラストライドの左手がワイバレルの銃身を掴んだ。軽く力を入れられただけで、ワイバレルの銃身が潰れ散る。
「チッ!」
その穿たれた左肩の大穴を狙い、今度は左手のエクスバレルを向けるダークサイバー。しかしダークサイバーの目前、穿たれた大穴の周囲の装甲が渦巻き、萎
み、たちどころにそのラストライドに唯一付けられた傷を塞いでしまう。
「こいつ――」
「元々、ガイオーマの能力は“創造”。そんな豆鉄砲が付けた傷など問題にならない」
あくまで不敵な優。対し、今度はエクスバレルの銃口をラストライドに叩きつけようとする弦ながら、それより早くラストライドの右掌がエクスバレルの銃口
を塞いだ。
零距離射撃、暴発。散弾をラストライドの右腕の装甲の隙間に抉り込ませ、右腕そのものを内側からボコボコに膨らませつつもその銃身を四散させるエクスバ
レル。
そしてラストライドの右腕も、すぐ何事もなかったかのようにその醜く膨れ上がってしまった形状を元の整然なラインに戻してしまっている。
「あんなのどうやってやっつければ――」
泣き言を漏らす蘭子。
その時、
「――やめなさい!」
突如、ダークサイバーとラストライドの間に黒い機体が割って入る。魔王骸だ。その掌には、再びひとり乗り込んだ指導者イオナが立っている。
真っ直ぐラストライドを――その肩上の優を見据えるイオナ。
「優、あなたを斬馬 弦くんの元に近付けたのは、出来ることならまたこんな繰り返しをしてほしくなかったから…」懇願する口調で、告げる。「せめて…あな
たの母親として訴えます。もう、ブラックスフィアに引きずられるのは、やめて」
「な…?」
指導者イオナの独白に驚嘆する弦。確かに、互いの家を行き来する親友同士ではあったが、海外出張中と言われ優の親と直接対面したことはなかった。
その、自らの“母親”の懇願を一笑に付す優。
「笑わせるな。僕を、ただ弦の監視役としてだけのために生んだあなたに、今更僕が好き勝手やることを止める権利などない」
「私が悪かったのよ――」悔恨に、目を伏せる。「だけど、やはり私に運命を捻じ曲げることは出来なかった」
「もはやあなたも、西皇と同じく役目は終わってる」
問答無用とばかり、ラストライドから魔王骸へと衝撃波が放たれる。
「やめろ!」
割って入るダークサイバー。咄嗟にラストライドからの衝撃波を受けた左腕の装甲に亀裂が迸る。
「優っ――!」
「もうあんたは離れてろ!」魔王骸の掌上で、悲痛な顔をするイオナに振り向けもせず吼える弦。「奴とのケリは、俺が着ける!」
その両手に、地表から拾った大剣クロスカリバーを構えるダークサイバー。
一方、斬馬 昴を連れドームに向かうコーパスルズの軍勢と、それを阻止せんとするICONS残存部隊との戦闘は熾烈を極めていた。
雪原を行く異形の軍勢に対し、上空から強襲を仕掛けようとするICONSの機動兵器シーバス・リーガル部隊ながらも、コーパスルズからの対空砲火により
迂闊に近付くことが出来ず、次々と撃墜の憂き目に遭っている。
「こんな白アリの群れごときに!」
自機ロイ・フランメのコクピットにて臍を噛む遮那。もはやドームは目前に迫っているというのに、軍勢の足止めすらままならない。
もはや最後のチャンスと、自機を高速で軍勢へと突撃させる遮那。軍勢の直前にて、ロイ・フランメ、飛行形態から多肢兵器形態に変形、武器である大剣フラ
ンメ・ブリセウアーを手に躍りかかる。
斬、斬――! 立て続けに、宙空に対空砲火を放っている2体のコーパスルズを斬り屠るロイ・フランメ。その遮那の機体に続き、対空砲火を潜り抜けたシー
バス・リーガル隊が次々とコーパスルズの軍勢に踊りかかっていく。
ドームを前に、混戦状態に陥る軍勢。瞬間、1機のコーパスルズが跳躍にて軍勢の中から飛び出した。その節足動物のごとく細い手の先には、人間大の光球が
掴まれている。昴だ。
「まずい!」
光球の存在に気付き、飛び出したコーパスルズを追おうとする遮那。その時、
ザッ――! 飛び出したコーパスルズの真正面、雪原から飛び出し立ち塞がる1機の巨体。西皇軍の主力たる無人多肢兵器・邪獣骸だ。
コーパスルズの顔面を真正面から殴り飛ばし、その頭部が潰れた機体の手から、光球を奪取する邪獣骸。
「やはり、最後に“進化の刻印”を手にするのはこの儂よ!」
戦場に響く哄笑。その、装甲が裂かれ剥き出しになったコクピットにて哄笑している西皇――。
優の手から雪原へと投げ捨てられた西皇だったが、雪原にて制御系のみを破壊され、墜落していた邪獣骸を発見、自身の身体の機械部分と制御系を直結しここ
まで動かしてきたのだ。
「西皇ッ、彼女を放しなさい!」
昴を捕らえた邪獣骸へと、自機の大剣を振りかざす遮那。だが、
「甘いわ、女!」
一瞬早く、邪獣骸の手にした破甲刀が武器を手にしたロイ・フランメの右腕を斬り飛ばしていた。得物が大きい分、どうしても振り回す挙動に隙が出来る。肉
体の年齢に見合わぬ戦闘経験を持つ西皇がその隙を見逃すはずもない。
「くううっ!」
呻き、遮那、なお機体を突撃させる。破甲刀に機体の腹が貫かれるのも構わず、無理矢理な突進で邪獣骸を組み敷いた。
拳銃を手に、頭部コクピットから飛び出す遮那。飛び降りながらも、眼下、敵機の裂かれた装甲、その亀裂の奥に見える西皇へと二発、三発と斉射する。
が、その遮那の奮闘をあざけ笑い、自らもコクピットから宙へ身を躍らせる西皇。遮那の腹に当て身を食らわせ、その身を雪原へと叩きつける。
「西皇ッ――!」
素早く身を起こし、西皇と対峙しようとする遮那。
しかし、目前の西皇の手には、つい今まで自分が手にしていたはずの、自身の拳銃が握られていた。
無慈悲に、遮那の胸を貫く、一発の銃弾――。
刹那、倒れた邪獣骸の手中の光球、その中の昴の、閉じられていた目が見開かれた。
ガッ!
なお続くダークサイバーとラストライドの死闘。ダークサイバーの手の大剣がラストライドの左腕に塞がれたその瞬間、何かに反応したがごとく一瞬動きを止
める2機。
「来たか――」
「これは…まさか、昴なのか!?」
それぞれ、何かを感じ唸る優と弦。
「時が来た――彼女が覚醒するぞ、弦!」
「させるかよォッ!」
弦の叫びに応じ、咆哮を上げるダークサイバーの胸部獣面。
腰部前面の装甲が吹き飛び、ダークサイバーへの強制改装に際して封印されていた次元波動顕在化装置(マテリアライザー)
、メサイアエクステンションが姿を現す。
「燃え上がれ、ザンサイバー!」
クロスカリバーを地面に突き刺し、両の拳と拳を激突させるダークサイバー、
「何が起こったのだ!?」
驚嘆する西皇。邪獣骸の手中に捕らえたはずの昴を収めた光球、その光球自体から発された波動が邪獣骸の指を吹き飛ばしたのだ。そして西皇の目前で宙に浮
き、まるで、引き寄せられていくかのように、ドームへと移動していく光球。
「おのれ、逃さんぞ!」その光球に向けて、虚しく手にした銃を撃つ西皇。「儂の、100年以上に渡る人生を賭けた大計、こんなところで終わらせたりなど
――!」
銃声。西皇の背中から胸を貫通し、穿たれる銃創。
呆然と、振り向く西皇。胸を撃たれ、倒れた遮那、その身を抱き起こしつつ藤岡大佐が、手にした銃を西皇に向けていた。
「藤岡…貴様…」
それでも、何故か、なお歓喜とも取れる笑みを口元に浮かべる西皇。哄笑を上げ、手にした銃の残弾を次々と撃つ。
それらが一発も藤岡の身を掠めることもなく、藤岡の撃った二発目が、西皇の眉間を撃ち貫いていた。
なおも二発、三発と、銃弾が西皇の心臓を、肺を、喉元をと急所を貫いていく。それでやっと、大の字に、雪原に倒れる西皇の身体。
「最後まで、戦場を求めて死んだが」
ようやく、銃口を下げる藤岡。しかし間に合わなかったのは、藤岡も同じなのだ。
みすみす、藤岡の目の前にて、遠ざかっていった光球がドームへと吸い込まれていく…。
「なんということだ!」飛行要塞に拾われていた時実博士が、モニター内に中継されているその光景を前に、拳で壁を叩いた。「これで…世界は、終わる…」
火打石のごとく量の拳と拳を打ち合わせたダークサイバー。その衝撃で手首内部のスターターが点火、両肩、両脚にそれぞれ内蔵されたウルティメイトイオン
エンジンとアクセラレイトプラズマエンジンが唸りを上げた。
機体内部の、過剰な動力の爆動。全身から炎と稲妻を噴き荒らし、膨大な高熱に熱く焼け散った機体の装甲を、腰部メサイア・エクステンションから発せられ
る次元波動が紅く、大きく再結晶させる。
周囲の雪原を爆炎で噴き散らし、その翼を大きく広げ屹立する、燃えるような真紅に染まったザンサイバーのもうひとつの姿、SIDE−B。
ザンサイバー・ブラッド。
(「Last Destruction」へ続く)


ガイオーマ・ラストライド
(デザイン:DecisiveARM)
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