epilogue 〜10 years after

目次へ


 地球が、ブラック・スフィアの輪廻から切り離されて10年。



 ブラック・スフィア大戦と呼ばれた、世界中を巻き込んだ動乱の中から世界が復興に向かう中、宇宙の果てから地球に向かってく大勢が確認された。
 その正体が、小惑星なのかは確認できないまでも、その大勢が作る巨大な帯は、地球の軌道をも呑み込むほどの広さであることが確認された。

 帯が地球軌道に到達するまで10年。明確な意志を持って迫り来るその帯に対抗するため、地上の復興と共に、衛星軌道まで含めた大規模な防衛網が築かれることとなった。

 その中心に、かつての大戦を生き残り終結させた、ICONSのメンバーたちの姿があった。



 そして、約束の日。



 衛星軌道上にて、迎撃宇宙部隊と、宇宙から飛来した大群との戦闘の幕が上がっていた。
 大群側から放たれた先制の砲火は月面に巨大なクレーターを穿ち、防衛網の最前線であった月基地を壊滅させていた。
 地球から見上げれば、星の海を埋め尽くすかの無数の影の群れ。その先陣としての、無数の小型機動兵器の群れ、そしてその母艦であろう500メートル級の宇宙艦の大艦隊が地球を目指して殺到してくる。
「こちらイントルーダー306、神宮寺盛夏(せいか)!」
 宇宙空間にて、敵機動兵器群と激しいドッグファイトを繰り広げる可変戦闘機XA−6イントルーダーのパイロットのひとり、神宮寺盛夏が衛星軌道上の基地、オービットステーションへと通信を飛ばす。
「二次、三次防衛網まで突破された! 奴ら、数で押して攻めてくる、増援はまだか!?」
「イントルーダー306、騎兵隊、とまでは行かなくても――」その盛夏の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。「白馬の王子様だったらここにいるぜ!」
 盛夏のイントルーダーに急接近してきた敵機が、突如の他方向からの攻撃にて撃墜される。
 オービットステーションから飛来してくる重攻撃機XA−10サンダーボルト。そのパイロット、冠月冬馬が軽口を飛ばしてきていた。
「盛夏、合体だ! 雑魚に構わず母艦を叩く!」
「っしゃあ!」
 冬馬の声に応じ、機体を人型へと変形させる盛夏。その盛夏のイントルーダーに、後方から接近してきたサンダーボルトが機体を展開、イントルーダーを包み込むように合体する。
 イントルーダーがパワーローダーを纏った姿、ボルトイントルーダーである。そのまま敵機動兵器の攻撃に構わず、敵艦隊へと突入していくボルトイントルーダー。
 ボルトイントルーダーのドラム状の下腕、重力制御パネルが解放される。その拳に渦を巻く、重力子の嵐。近接戦闘における最強武装、グラビトンブレイカーだ。
 グラビトンブレイカーの鉄拳が、すぐ鼻先まで迫った1隻の敵艦の艦首に炸裂した。その一撃で、艦首から艦全体に一直線に亀裂が迸り、艦全体が割られ、爆散する。
「まず一丁!」
「とは言うものの…」自分で合体を指示していたにも関わらず、目前の、まだ無数に存在する敵艦の群れという光景に、やれやれと嘆く冬馬。「まだまだ先は長そうだよなあ…」
「泣きごと言ってんじゃない、男だろ!」
 熱血少女として、冬馬を叱咤する盛夏。ボルトイントルーダーが再び鉄拳を構える。
「1隻でも多く沈めてやるんだよ! 黙って地球へ行けると思うなぁっ!」



 迎撃宇宙部隊の奮闘虚しく、遂に大多数の機動兵器群が大気圏への突入を果たしてしまっていた。
 ハワイ沖太平洋上空。青い空を引き裂くように降下してくる、無数の赤い流星。そのひとつひとつが宇宙から直接降下してきた敵の機動兵器たちなのだ。
 今や、地球上、あらゆる地域にその赤い流星たちが降り注ごうとしていた。
 と、洋上から、突然無数の水柱が上がる。その水柱から飛び出す、水中からの迎撃機隊。その迎撃機から放たれた攻撃が、ひとつ、またひとつ、洋上に降下しようとする赤い流星群を撃墜していく。
 零式否空間反撥型高電圧発生機関。ブラック・スフィアからもたらされたテクノロジーの派生たる動力を持たされた機体、ゼロ・ヴァーンである。
「地球へようこそ――そしてとっとと出てけ! このボケナス共がぁッ!!」
 ゼロ・ヴァーンの若きエースパイロット、海鎚 洋(みなつち ひろし)が吼えた。その彼の機体には、サークレッターと呼称される武装ブースターパーツが装着されている。
 洋の機体を先頭に、急上昇していくゼロ・ヴァーン隊。降下してくる敵機郡の直前、各機が人型形態に変形した。洋機に装着されたサークレッターも、背部ブースターとして展開している。
 迎撃。至近距離からの対空砲火の雨霰を受け、地上に到達できることなく撃墜されていく敵機の群れ。
 だが、その迎撃を潜り抜け、なお数機の敵機がまっすぐ眼下のハワイ諸島へと向かっていく。
「やべえ!」
 追跡しようとする洋。
 突如、ハワイ本島から攻撃の火線が放たれた。薙ぎ払われるように撃たれた爆流が、地上に迫る敵機群を一撃で撃ち落していく。
「何!?」
 目を見張る洋。その視線の先、オアフ島、真珠湾。その基地滑走路上に、無骨な真紅の機体が、長砲身の火器を構え立ち尽くしている。
「――こちら紅鉄旅団、ヴォル・ゲイン」
 ヴォル・ゲインを名乗る機体から、ゼロ・ヴァーン隊へ届く通信。
 洋もその名を知る紅鉄旅団とは、通り名はフリーランスの傭兵部隊だ。だがその実態は、未知のテクノロジーによる兵器の実験部隊という噂も名高い。
「正規軍から依頼を受けた。地上にまで降りてくる奴は任せろ!」
 ヴォル・ゲインのパイロットである青年兵ヴィック・ヴィスコーが決意をこめて告げる。
「灼動の電神か、心強ぇぜ」
 ヴォル・ゲインのもうひとつの通り名を口にする洋。ヴォル・ゲインに内蔵された、無限電源ダイナモ“ヴォルテックス・チャージャー”がその腹の奥で唸りを上げている。
 地球に新たな防衛網を敷くにあたり、重視されたのが、ブラック・スフィアの技術を基とした多くの新動力による新兵器の開発にあった。宇宙から迫るのが敵だとすれば、それに対抗できる技術は、同じく宇宙からもたらされたブラック・スフィアから得られたものしかないのだ。
「行くぜぇッ!」
 洋のゼロ・ヴァーン、その背のサークレッターの翼が前方に回った。両肩に位置したパーツの前面に、重力波が渦巻く。
「サークル・ボルテックス、喰らいなっ!」
 撃ち放たれる重力波砲が、群がる敵をことごとく蹴散らしていく。



 日本。
 復興の進む関東近郊の一都市、そこにも宇宙からの機動兵器群の一団が降下を果たしていた。
 1機1機の身長は25メートル前後。その腕に内蔵された火器で、都市を、無秩序に蹂躙していく。
 その巨体に、果敢に挑む小ぶりな部隊があった。
 都市防衛機構の厳つい武装バイク部隊、それらがライダーの身体を包むように、小型の人型兵器へと変形する。ライドロイド部隊だ。
 その中核をなす機体、陸王の部隊が、手にした火砲を敵機のセンサー類で固められた頭部に集中させる。
 その攻撃に、視界等の外界情報を塞がれ、闇雲に地上のライドロイド隊へと巨大な腕を揮う機動兵器。たが巨体が災いし、ライドロイドの小さく、素早い機体を捕らえることは出来ない。
 瞬間、高速でその巨体の後頭部を走り抜ける、1機の蒼いライドロイド。部隊の隊長機となる高速型の機体、ゲイルランナーだ。
 ゲイルランナーが後頭部へと放った一撃により、その頭部を爆発させ、動きを停止させる敵機。
 確かにライドロイドは個人兵器と呼んで差し支えないまでに小さい。だが、その攻撃力はバイク程度の大きさといってももはや戦車にも匹敵する。
 バイクの機動力と、戦車並みの攻撃力。敵機が巨体であっても、こうしてその巨体の虚を突きスピードで撹乱、強力な火力で撃退することもできる。
 そして、
「こぉのォッ! 舐めんなぁーーーッ!!」
 1機の、武装を施されてないライドロイドが、ジャンプしつつ手にした鉄骨で敵機動兵器の1機の顔面を叩いた。
 そのセンサーのレンズにヒビのひとつは与えるものの、致命傷を与えるまでは至らない

「ちっくしょう!」
 そのハンドルを握る、改造セーラー服姿の少女、弩門列華(どもん れっか)が唸る。
 彼女自身は、軍人でもなんでもない、近隣に住む一学生に過ぎない。元々付近の学校を締めていた昔ながらのスケバンとして、自分の縄張りをひと言の礼もなく荒らした無作法な巨体に対し、無鉄砲に挑んでいるのだ。
 列華の乗るライドロイド、オーキッドは、その利便性から非武装で波及した民間機である。主に作業用として活用されているそれを、列華はこの巨体とのケンカ用の得物として持ち出していた。
 今しがた鉄骨でシバいた敵機の足元に着地、が、その足元のアスファルトが砕かれていたのを見落としてしまっている。
 足元を取られ、がくん、と膝を着いてしまう列華のオーキッド。
「やばっ!」
 その列華のオーキッドを、敵機の巨体が踏み潰そうとした、その瞬間、
 ブンッ――!
 一瞬、風が吹いた、と思った。
 列華の頭上、吹っ飛ばされる、今まさに自分を踏み潰そうとしていた敵機の巨体。
 ズンッ、その列華のすぐ傍らに、今しがた敵機に高速で体当たりを仕掛け、吹っ飛ばした、紅い――巨大な獅子が着地する。
「そんな小っこいオモチャであんなのにケンカ売るなんて、元気もいいとこだぜ」
「んだとォ、てめーっ!」
 その赤い、巨大な四足獣型のメカから聞こえた声に、呆然となるのも忘れて怒る列華。
「あんたに頼みがある」列華の怒りにも構わず、その獅子形のメカに乗り込んだ少年、御剣写幻(しゃげん)が告げた。「この先の駅前のビルに、逃げ遅れた人が取り残されている。あんたのマシンで避難するのを先導してやってくれ」
「ちぃっ!」
 仕方ない、とばかり、再びマシンを立たせる列華。そのまま二輪形態に変形、写幻に言われたビルへと向かって走り出す。
「てめーっ、後で絶対落とし前着けるからな、覚えとけよ!」
「こえー…」列華の捨て台詞に、ぼやきつつも口の端で笑う写幻。「さて…手前ェらの相手は俺だ!」
 写幻が、自機を四足獣型から、人型へと変形させた。
 ビル街にその姿を現す真紅の機体。その頭頂部には、まるで赤鬼のごとき一本角が、眼前の敵機を威嚇するように輝いている。
 企業体一条クループが完成させた機動鬼械――天照大御・ 獣鷹鬼(ジュウオウキ)である。
 獣鷹鬼の威容に怯むことなく、向かってくる敵機。
「相手になるかよ、上等だァッ!」
 叫ぶ写幻。獣鷹鬼の内に秘められた太陽――ウルティメイトイオンエンジンθが唸った。駆け出す獣鷹鬼。
 カウンターで強烈なキックを食らわせ、再び敵機を吹っ飛ばす。
「ソリッドボンバァッ!」
 獣鷹鬼の右肘から先が分離、高速発射された。超高速の鉄拳が敵機の胸板に風穴を開ける。爆発――。
 そして、街中に降下していた敵機の群れが、強力な敵の存在を察知し獣鷹鬼へと群がってくる。
「さて、無双してやろうぜ、獣鷹鬼――ダブルザッパー!」
 群がる敵機を前に、獣鷹鬼が、両腰に携えた剣を抜いた。



 オーストラリア。国連地球防衛網地下本部。
「ニューヨーク、敵巨大戦艦上空到達2隻。迎撃応戦中!」
「ロンドン、敵制圧率が50%を突破! 増援要請が届いています!」
 数十人のオペレーターが集まる広大な指令所に、続々と世界各国の戦況が届いていた。
「まんまと出鼻を挫かれたか」
 指令所の中心に立つ、藤岡総司令が忌々しげに告げる。その傍らには、まだ若くして副官を務める月島蘭子の姿がある。
「こうも地上への到達を許してしまうとは」
「しかし、藤岡総司令による超動力兵器配備計画が間に合ったのが僥倖でした」
「それを、効果的に地球の守りに采配できなかったのが痛恨の極みだ」
 蘭子に応じる藤岡。
「東京上空に敵群飛来、防衛機部隊の立て直しが間に合いません!」オペレーターのひとりが、悲鳴交じりに報告する。「――いえ、1機、迎撃体制に入りました!」
「何者だ?」
「個別シグナルはスカーレットガンストーマー…メサイアエクステンダーです!」



「たぁぁりゃぁぁぁっ!!」
 敵機動兵器群が空を埋めている東京上空。1機の、紅い機体が、両手にした大振りの二丁拳銃を滅法に撃ち放っていた。
 13歳という、超動力兵器パイロットとして間違いなく最年少となる少女、豪堂夏芽(なつめ)の駆る機体、スカーレットガンストーマーだ。
 メサイアエクステンダーとは、夏芽を末っ子とする豪堂四姉妹の駆る4機のマシンの総称である。
 東京に飛来した敵軍を迎撃するために出動した4機だったが、思わぬ敵の数により分断を余儀なくされ、夏芽の機体だけが先行でたどり着いていたのだ。
「こうなったら、お姉ちゃんたちが来る前に全部撃ち落してやる!」
 直情的な性格そのままに唸る夏芽。
 その機体、スカーレットガンストーマーの二丁拳銃が上空の敵群に対して唸るが、彼女自身の大雑把な性格が、ロクに照準も合わせられない弾丸を無駄撃ちさせるだけとなっていた。
「あらら…うひゃぁっ!」
 銃撃を縫って急接近してきた敵が、スカーレットガンストーマーの華奢な機体に覆い被さろうとする。刹那、
 斬――!
 その敵機が寸前で、真っ二つに斬り裂かれた。間一髪で駆けつけ、スカーレットガンストーマーの前に立つ、剣を手にした蒼い機体。
「夏芽、独断専行は駄目」
「冬衣(とうい)お姉ちゃん!」
 豪堂四姉妹の次女、冬衣の機体、ブルーソードダンサーである。
「秋沙(あきさ)お姉ちゃんと春明(はるあ)お姉ちゃんは!?」
「東京近郊の敵を食い止めてる。ここは私たちだけで迎え撃つ。合体しましょう」
「了解っ! ――ダイレクト・リンケージ!」
 上空へと飛び出す二機。スカーレットガンストーマーが手足を畳んだコアへと変形し、ボディを展開させたブルーソードダンサーがそのコアを包み込む。
 スカーレットガンストーマーに内蔵された、地球の自転と次元連動した超動力グランドライブ・エンジンが二機を直結連動、より強力な戦闘能力を持つ巨体を構成する。
 スカーレットガンストーマーを核とした、戦況に応じた戦闘形態へと合体するチーム前提の機体、それこそがメサイアエクステンダーなのだ。
 赤と青の機体の合体形態、ソードエクステンダーが大型化した大剣を揮った。剣圧がエネルギー波の斬撃となり、上空に群がる敵機群を一掃する。
「やりぃ!」
 夏芽が指を弾いたのもつかの間、
 ドッ、
 付近のビルを突き崩し、その陰から飛び出した巨大な腕がソードエクステンダーを捕らえた。
「わわわっ!?」
「こいつ――」
 呻く姉妹。身長50メートル級、合体したソードエクステンダーより更に巨大な敵機が隠れていたのだ。その巨大機のパワーに掴まれ、脱出もままならないソードエクステンダー。
 その時、
 轟――!!
 突如、地底から飛び出した“何か”が、ソードエクステンダーを捕らえた巨大機の腕を抉り切った。
 その巨大機を強襲した左腕のドリルを構え、ソードエクステンダーを庇うように着地する。
「怪我はないかい、お嬢さんたち」
 その、白い、シャープな機体から、拍子抜けするような軽口が聞こえた。
「あれは…!」思わぬ味方の出現に、夏芽の顔がパッと明るくなる。「――トライデンター!」



「来てくれたか!」
 オーストラリア本部、そのトライデンターと呼ばれた機体の出現に唸る藤岡。
「藤岡総司令、遅くなって申し訳ありませんでした」
 通信が入る。
 日本近海、そこに浮かぶメガフロート、海底資源開発施設“かいしん(海神)”。その司令官を務める、叶 遮那の凛とした表情が通信モニターに映し出されている。

「動力調整に手間取りましたが、三人の操縦者ともども機体の状態は万全。今、トライデンターは100%の力を発揮できます」
 “かいしん”指令室。通信を介してオーストラリアの藤岡に宣言する遮那。
 ソードエクステンダーを救った機体、トライデンターは、この“かいしん”を基地とする超動力兵器なのだ。
「頼むぞ叶。この戦い、ともすればトライデンターこそが切り札になる」
「了解――聞こえたな、三馬鹿ども!」口調も厳しく、トライデンターに乗る、三人の操縦者たちに告げる。「忌々しいが、地球の命運はお前らの肩に懸かってる。他の超動力兵器たちと協力し、目の前に迫る敵を、すべて叩き潰せ!」
 遮那からの厳しい檄に、トライデンターに乗る三人の操縦者がびくっ、と肩をすくめる。
「相変わらず、妙齢の女性とは思えぬ厳しさだねえ…」
「へっ、叶の鬼ババにナニ言われようが今さらだろうよ」
「俺は、あの怒鳴り声ってなんかゾクゾクすんだがなあ」
「銅節(どうせつ)、お前、あんなのが良かったのかよ…行くぜ、ここは“蛮”でぶっ倒す!」
 三人の操縦者のリーダー、鉄 銀児(くろがね ぎんじ)が宣言する。瞬間、3機の戦闘機へと瞬発的に分離するトライデンターの機体、
「トライセパレート!」急上昇した3機、上空で再び地上に向かって旋回、1号機、2号機、3号機の順番に一直線に並んだ。「行くぜェッ! トライコンバージョンッ・“蛮”ッ!!」
 大空に響く、銀児の叫び。
 3機があわや地上に激突するという瞬間、一直線に合体、その手足を伸ばし、アスファルトの大地を抉って急着陸する――先程ソードエクステンダーを救出した、白い巨体と形状が異なる、真紅の巨体、
「見たかァッ、合体!」“蛮”と呼称される、その真紅の巨体が駆け出す。「トライデンターだッ!」
 先制、挨拶代わりに敵巨大機の頭部に叩き込まれるトライデンター蛮の鉄拳。その一撃で巨大機の首の内部構造が砕かれ、頭がひしゃげた状態で横を向く。
「トライホークで叩きのめしてやる!」
 肩に内蔵された、双刃の斧を抜く蛮。一撃、二撃と揮われた斧、トライホークが巨大機の頭部を斬り飛ばし、その胸板を真正面から叩き斬る。
 四散する敵機。その爆発に背を向け、改めて上空を見上げる蛮。洋上から多くの機動兵器を引き連れ、敵の巨大艦が迫り来るのが目に映る。
「ここは任せたぜ。俺たちは、あのどでかい獲物を叩き落とす」
 ソードエクステンダーに向かい、言うが早いか、背の翼を広げて飛び立つ蛮。
「頑張ってー!」
「頑張らなきゃいけないのは、私たち」
 単純に手を振る夏芽を、冬衣が諌めた。
 雑魚ばかりとはいえ、ソードエクステンダーの前には、まだ多くの敵がいる。



「大丈夫でしょうか、あの三人…」
 “かいしん”。トライデンターが東京上空を飛び立ったのを確認し、トライデンターの開発者である、まだ若干十代の若き天才、時実黒乃(くろの)が呻いた。
 トライデンターの機体そのものは、黒乃がその頭脳を尽くし、心血を注いで造り上げたものだ。ただし、その操縦者に選ばれた三人の資質を、まだ黒乃は信頼しきれずにいる。
「あの三人は、運命に選ばれ、トライデンターの元に集まった」
 黒乃の不安をさえぎり、告げる遮那。
「運命論ですか? 司令が、そんな信心めいたものを信奉してるというのは意外ですが」
「運命に歯向かおうという気概がある限り、あの三人なら負けないわ」
 薄く、黒乃に微笑み返す遮那。
 トライデンターの操縦者に選ばれた三人。
 少年時代、斬馬 弦に薫陶を受けた鉄 銀児。
 三枝小織博士に生み出された複製人間でありつつ、その戦闘能力を買われ、記憶を調整された状態にて機体に乗せられた皇 黄金(すめらぎ こがね)。
 そして、実は藤岡総司令の一子であるというプロフィールを持つ藤岡銅節。
 かつて、ザンサイバーに関わった人々と運命的に繋がったこの三人こそが、遮那に見出されたトライデンター・チームのメンバーたちなのだ。



「オォォリャァァァッ!!」
 東京湾上空、トライホークの一閃で両断される、蛮の前に立ち塞がった敵機の一機。
 敵群を上空で迎え撃つトライデンター蛮の戦闘は始まっていた。機体を構成する3機の戦闘機の組み合わせにより、戦況に応じた三つの形態で戦える、それがトライデンターなのだ。
 1号機がメインモジュールとなる、銀児が操る形態、蛮は近接格闘戦形態であると共に、空中戦に秀でた形態でもある。
 多くの敵機動兵器を叩き落し、そして今、蛮の前に迫り来る500メートル級の敵艦。
「まったく、雑魚がウジャウジャいるだけでも鬱陶しいってのに、デカブツの相手までしてやらなきゃたあよ!」
 その愚痴る銀児の口元には、まだまだ余裕の笑みがある。
「なんなら変わってやろうか、銀児?」
「冗談!」2号機に乗る黄金の軽口に、力強く応じる。「立ち塞がるなら叩くまで! 覚悟しやがれデカブツ!」
 対空砲火や機動兵器群の妨害も厭わず、両手に斧を握り敵艦に突撃する蛮。艦の横腹に斧で巨大な裂傷を刻み、その傷口に向かって、自体の胸部装甲を開く。その装甲の内側、爆発間際のエネルギーを溜めている、トライデンター蛮必殺の砲門――、
「スパァァァクッ・ブレイザァァァッッッ!!」
 轟――!
 蛮の胸から放たれた爆流が、敵艦を真横から貫いた。その一撃で前後に分断され、爆発しながら東京湾に沈む巨大艦。トライデンター蛮が発揮してみせる、圧倒的破壊力。
 時実黒乃がトライデンターに与えた超動力。それは、既にロストテクノロジー化しているはずの、擬似ブラック・スフィアなのだ――。



 オーストラリア本部。
 指令室内が一斉に警報音に包まれる。
「何事だ!?」
「衛星軌道上に、敵超巨大兵器出現!」
「何だと、レーダーにそんな反応は!?」
「判りません! 今まで、何もなかった宙域から突然に――」
「異空間に隠れていたとでもいうのか…!」オペレーターたちの悲鳴に呻きを返す藤岡。「新たな敵の数は!?」
「敵の数1、しかし――」報告するオペレーターが、割り出された敵の質量に驚愕する。「直径6千、長さ2万2千の超巨大円錐――真っ直ぐ東京湾目掛けて落下してきます! 大気圏突入を経ての落下まであと336秒!」
「5分足らずだと! そんな質量が落下したら、東京は――」



「やっと復興してきてる東京を――あっさり潰されてたまるかよ!」
 予測される敵巨大物体、その落下予想地点の洋上を目掛け、トライデンターは急行していた。
「そんなドでかいの、トライデンターだけで何とかなるのかよぉ!?」
「しかし、間に合うのは僕たちしかいない」
「ひええ、ナムアミダブツ!」
 生まれてすぐ、山奥の寺に預けられ育ったという銅節が手を合わせ念仏を唱える。
「なんだあ、ビビったか銅節?」
「冗談! 俺は生きて帰って、また黒乃ちゃんのオシリをモミモミしなくちゃならねえ」
「こないだひっぱたかれたばっかだろ。懲りねえなお前」
 黒乃の、年齢の割に程よく膨らんだ臀部を思い浮かべ、だらしなく顔を崩す銅節に銀児があきれる。
「じゃあ俺は――黒乃のケツを思い切り撫でる」
「同じだ、馬鹿」
 銀児に告げ、苦笑する黄金。この三人が黒乃に今いち信頼されてない理由のひとつは、三人からの懲りないセクハラ被害にあった。
「さて――馬鹿話はそれぐらいにしておけ」
 黄金が口調を締める。
 飛行するトライデンターの頭上、直径6キロに達する、あまりに巨大に過ぎる存在が、空を埋め尽くさんばかりに落下してくる。
「中に突っ込んで、内側からぶっ壊すしかねえか…」
「しかしそれでも、残骸による被害は免れないんじゃねえのか?」
「だが、唯一間に合った、僕たちが出来ることをするしかない――」
 決意を固める三人。



 オーストラリア本部。
「これは…」
 オペレーターのひとりが、目前のコンソールパネルが表示する、また新たに地球に迫る存在を捉える。
「今度は何?」
 副官である蘭子が、そのオペレーターの元へ駆け寄った。
「何…これは? 突然海王星軌道上に現れてすぐ姿を消し、またすぐ土星軌道に…いえ、また姿を消しました――もう火星軌道に迫ってる!?」
「空間転移を繰り返しながら――超光速で迫っているというの!?」
 その、謎の超光速体の出現。そして、
 ドクン――、
 一瞬、高鳴った鼓動に、自らの心臓を抑える蘭子。
「まさか…」
 身に覚えのある、自らの身体の変化に呻く。
 “進化の刻印”の複製として生まれた蘭子は、“進化の刻印”とその命が繋がっており、その存在を感知できる。
 それが意味することは――、
「光速体、月軌道上に出現!」切迫した声を上げるオペレーター。「え…? 軌道上に集結してる敵群を…一直線に撃墜しながら地球へ…これは…」



「何だァッ!?」
 突如、目の前に起きた事態に驚嘆する銀児。
 トライデンターを超巨大物体に突っ込ませようとしたまさにその瞬間、上空から、長大な光の尾を引く“流星”が――超巨大物体を上回る高速で飛来、巨大物体を追い抜き海面に激突、海面に大爆発を起こしたのだ。
 いや――海面に衝突していない。流星、海面に衝突する直前で、慣性も重力も関係ない、物理法則を越えた軌道を描き、鋭角に急上昇する。海面に爆発を起こしたのは、その急激な機動による衝撃波のせいだ。
 流星が、超巨大物体に真下から突入していく。刹那、
 轟――、
 三人には、それは、流星から突然光の刃が迸ったかのように見えた。
 そう、まさに“刃”としか形容するしかない、巨大な光の幕が巨大物体と流星が衝突するその瞬間流星から放たれ、一閃で超巨大物体を、真っ二つに――斬り砕いたのだ。
 轟轟轟――!!
 真っ二つにされた、その切断面から、直上へと爆発を噴き上げる超巨大物体。閃光――、
 まさに、流星からの光の刃の斬圧に吹き飛ばされたが如く、その超巨大物体の溜め込んでいたエネルギーの爆発が、一切洋上に降り注ぐことなく、あたかも光の柱となって天空へと噴き上げられていく。
 宇宙から俯瞰すれば、それは、地球から一条の閃光が放たれたかのごとく。

「……」
 何事が起こったのか、声もなく、目前の信じがたい光景を呆然と見つめているしかない銀児たち三人。
 洋上に巻き起こったその大爆発に、遙か高く巻き上げられた海水が雲となり、その爆心地となった空間を白く、色濃く、隠してしまっている。
 だが、
「――!」
 三人には、確かに聞こえた。



「これは…」
 オーストラリア本部。
 巨大モニターに映し出された洋上の光景、そして、その爆心地から拾われた轟音の中から、確かに、藤岡にはそれが聞こえた。
「ああ…」
 傍らで、蘭子が、力なく跪く。



 “かいしん”。
 遮那も、黒乃も、モニターに映る爆心地の様子から目を離せないでいる。
 そして、遮那の耳にも、たしかにそれは聞こえていた。
「……」
 その音に、耳を傾ける遮那の目の端から、零れる涙。
「叶司令…?」
 自らの肩を抱きしめる遮那。その様子を、不思議そうに見つめる黒乃。
 爆心地から拾われ、この指令室まで届いているその音――獣の、遠吠えのような――。



 黄金が、突然吼えた。
 まだ何が起こったのか理解できない銀児と銅節が驚く間もなく、突然黄金が機体のコントロールを奪い、トライデンターを爆心地へと突撃させる。
「黄金、おいどうした!?」
「戻ってきたのか…戻ってきたのかァッ!」
 銀児たちの声も届かず、怒りのままに叫ぶ。
「どうしちまったんだよぉッ!?」
「何が、何が戻って来たってんだ、黄金ッ!?」
「地球での時間はたった10年…だがお前は、ここに至るまでに、どれだけの光を越えてきた? どれだけ数多の時間を喰らってきた? どれだけの物理法則をも歪め、喰らい、踏み潰し――因果を溜めてきた!? 答えろッ!!」

 トライデンターが突っ込んでいく、未だ白く色濃い雲に覆われた爆心地。
 その中に、確かに、それはいた。
 巨大な戦刃を手にした、精悍にして鋭角的なシルエット。
 その胸にある、獣の顎が大きく開き、洋上すべてに響き渡らせるような咆哮を上げている。
 そして、その口腔の中、ふたつの人影が見て取れた。
 その互いの手は、繋がれているように見えた。

 ついにトライデンターが、爆心地の雲の中に突入する。
 その両手には、その中心にいる存在と――戦うための、斧が握られている。
「答えろ――」
 黄金が唸った。
「――破導獣!!」






















登場メカ(超動力兵器軍団)紹介

目 次へ